プラップPRジャーナル
PRAP PR JOURNAL

毎年6月、フランス・カンヌで開催される世界最大級のクリエイティビティの祭典「Cannes Lions International Festival of Creativity(カンヌライオンズ)」。
プラップジャパンでは2026年も現地を視察し、7月28日にオンラインセミナー「カンヌライオンズ2026視察レポート―世界のPR・クリエイティブ最前線―」を開催しました。
今回のカンヌライオンズでも、さまざまな社会課題や生活者インサイトを起点としたコミュニケーションが高く評価されています。
中でも、医療・健康に関わるテーマでは、疾患や製品について“正しい情報を伝える”だけではなく、人々が思わず話したくなる、考えたくなる、そして行動したくなる状況そのものをつくる事例が印象的でした。
今回は、7月28日のセミナーで紹介した事例の中から、ヘルスケア・ウェルネスに関わる受賞作品をピックアップ。
プラップジャパン Chief Creative Officerの矢﨑剛史とPlanning Directorの持冨弘士郎による現地での気づきも交えながら、これからのヘルスケアPRに活かせるヒントを読み解きます。
カンヌライオンズのPR部門では、単純なメディア露出量だけが成果として評価されているわけではありません。
2011年の審査委員長デイブ・セネイ(フライシュマン・ヒラードCEO)が「PRのピラミッド」を定式化し、露出の先にある「認識変容」と「行動変容」を重視する審査方針を示しました。
審査項目を見ると、「Strategy」が30%、「Impact / Results」が30%。戦略と成果を合わせて60%を占めており、そのコミュニケーションによって、人々の認識や行動、社会にどのような変化を生み出したのかが重視されています。
また、2026年の審査では「Earned First」「Taps into Culture」「Re-imagined PR」という3つの視点が示されました。
企業が一方的に言いたいことを発信するのではなく、すでに社会で生まれている会話や文化に接続し、メディアや生活者が自ら語りたくなる状況をつくること。そして、これまで当たり前とされてきたPR手法そのものを捉え直すことが求められています。
この考え方は、ヘルスケアコミュニケーションを考える上でも、多くのヒントを与えてくれます。
Specsavers「THE RELATIONSHIP AID」
PR LionsのHealthcareカテゴリーでGoldを受賞したのが、英国のSpecsaversによる「THE RELATIONSHIP AID」です。
英国では55歳以上の半数以上が難聴を抱える一方、補聴器を「老化の象徴」と捉える意識などから、最大3分の1が治療を受けていないという課題がありました。
そこで行われたのは、「難聴を放置しないでください」「補聴器を使いましょう」という正面からの啓発ではありません。
補聴器そのものを、パートナーとの親密な関係を取り戻すアイテムとして再定義しました。
バレンタイン前には著名な恋愛インフルエンサーと連携し、「小さいのに強力」「AI技術搭載」「ハンズフリーで一日中使える」と商品の正体を伏せて紹介。まるで高級なカップル向け商品のように期待を高め、バレンタイン当日に、その正体が新型補聴器であることを明かしました。
その結果、補聴器購入は69%増加、補聴器への偏見は41%減少。カップルでの来店や聴力検査予約の増加にもつながりました。
持冨:
「一見奇抜に見える企画ながら、実は補聴器を『加齢に対処するもの』から『二人の関係を深めるもの』へと再定義した、パーセプションチェンジのお手本のような事例だと思います。ロマンスという文脈で補聴器に対する先入観を取り払い、人生を楽しむ手段として捉え直している点が秀逸でした。」
矢﨑:
「ウェルビーイングを考える上で、シニア層がターゲットだからといって年齢による固定観念で捉えないことも重要です。日本では声を潜めて語られがちな性にまつわるトピックをパートナーとの距離を縮めたいという自然な気持ちとしてオープンに扱ったこと自体が、新しいコミュニケーションのヒントを示していると感じました。」
<ヘルスケアPRへのヒント>
疾患や製品の「機能」からコミュニケーションを考えるのではなく、その先で、生活者の暮らしや人間関係がどう変わるのか。
そこまで視野を広げることで、これまでとは異なる切り口が生まれる可能性があります。
LALCEC「ONE MORE QUESTION」
次は、アルゼンチン対がん連盟(LALCEC)の「ONE MORE QUESTION」。PR LionsのMedia RelationsカテゴリーでGoldを受賞しました。
アルゼンチンでは前立腺がんが男性に多い一方、健康について語ることへの抵抗感などもあり、男性の約7割が定期検診を受けていないという課題がありました。
この施策で行ったのは、非常にシンプルなことです。
記者会見やインタビューの最後に、記者が著名人へ、「もう前立腺の定期検診は受けましたか?」と、もう一問だけ質問する。
スポーツ記者によるサッカークラブ監督への生放送での質問を起点に、テレビ司会者、レッドカーペットの記者、インフルエンサーなどへ広がり、既存の記者会見や番組そのものが疾患啓発の場へ変わっていきました。
制作物や媒体出稿費は0ドルながら、前立腺検診の予約は前年同期比31%増加。PRリーチも過去の施策と比較して82%増加しました。
持冨:
「記者やジャーナリストを啓発の協力者として巻き込んでいる点に、メディアリレーションの新たな可能性を感じました。会見が生中継され、YouTubeにもそのままアーカイブされる今だからこそ、記者会見という伝統的な場にも、まだ使い切れていないポテンシャルが隠れているのかもしれません。」
矢﨑:
「“Earned” は、旧来のメディア露出にとどまるものではなくなっています。生活者との直接的な会話や、SNSでの拡散まで、Cultureへの広がりそのものがPRの扱う領域になりつつある。この施策でも、実際に記者会見を真似て家族や友人が男性に「質問」をする動画がソーシャル上で広がりを見せていました。従来のPR手法をRe-Imagineした好例だと思います。」
<ヘルスケアPRへのヒント>
新しい広告やコンテンツを「つくる」ことだけがクリエイティブではありません。
記者会見、イベント、インタビュー、スポーツ協賛、企業活動など、すでに存在しているコミュニケーションの場を、健康について考える新たな接点へ変えられないか。既存のPR資産を捉え直すことにも、大きな可能性があります。
Way Out West「THE KIDNEY PASS」
スウェーデンの音楽フェスティバル「Way Out West」による「THE KIDNEY PASS」も、ヘルスケアPRの視点で印象的な事例です。
同フェスはチケットが記録的な早さで完売するほど高い人気を誇る一方、スウェーデンでは臓器提供登録者の減少が課題がとなっていました。
そこで着目したのが、熱心なファンが使っていた、「チケットのためなら腎臓だってあげる」という冗談です。
この日常的な“決まり文句”を社会的な行動へ転換し、臓器提供の意思登録をすると、完売した3日通し券の抽選に参加できる 「Kidney Pass」を企画しました。結果、わずか数日で約2,000件の新規ドナー登録が生まれ、初日の登録数は通常比559%増となりました。
持冨:
「この事例は、すでに生活者の間にある“会話”を素直に拾い、余計な解釈を加えず、そのまま企画に落とし込んでいる点が上手いと感じました。だからこそ、生活者の本音や欲求からずれず、強くインサイトに刺さるアイデアとしてワークしたのだと思います。」
矢﨑:
「臓器提供団体ではなく、音楽フェス側がエントリー主体だった点も印象的です。チケットの完売という出来事と、そこからソーシャル上で生まれたミームを聞き漏らさず、アイディアをすぐに行動につなげる仕組みにまで実現した。その組織としての機敏さが非常に鮮やかでした。」
<ヘルスケアPRへのヒント>
健康に関する「正しい情報」を伝えたからといって、人が必ず行動するわけではありません。
この事例では、「臓器提供を考えてください」と生活者にお願いするのではなく、
「どうしてもフェスに行きたい」という、すでに存在する強い欲求の先に、社会的な行動を置きました。
ヘルスケアPRにおいても、「健康に関心がある人」だけをターゲットにするのではなく、生活者が普段どのようなことに関心を持ち、何を欲し、何について話しているのかを観察することが、新たな接点を生むヒントになります。
The Ordinary「THE PERIODIC FABLE」
Health & Wellness部門でGrand Prixを受賞したのが、The Ordinaryの「THE PERIODIC FABLE」です。
美容・ウェルネス業界では、「ノンケミカル」「毛穴レス」「メディカルグレード」といった、一見科学的に聞こえるものの十分な根拠を伴わないマーケティング表現が使われるケースがあります。
成分や効果を正直に伝えることを掲げてきたThe Ordinaryは、この課題に対して個別の商品を宣伝するのではなく、業界全体の“語り口”そのものをテーマにしました。
Poreless(毛穴ゼロ)、Miracle(奇跡)、Eternal Youth(不老・永遠の若さ)など、流行の言葉で商品を売る架空の美容ブランドを設定。その姿を寓話のように描き、最後に「The Ordinaryは、こうした言葉を使わない」というブランドの姿勢を示しました。
競合商品を直接批判するのではなく、業界全体に存在するコミュニケーションの問題を提示することで、美容・ウェルネス広告における表現のあり方を考えるきっかけを生み出しています。
矢﨑:
「私自身、ビューティー業界で薬事コピーを数多く経験していたので、耳が痛い部分もありますが、非常に共感できる企画でした。The Ordinaryは、成分名そのものを商品名に採用し、誇大な表現をせず、成分と効果を明示することにこだわったブランド。このような施策を実施するには、掌返しをしない覚悟をもってブランドとしての強いスタンスを持つことが必要です。虚実が錯綜する時代、ブランド自身が真実の担い手であることがこれからの選ばれる理由をつくっていくことを感じた事例でした。」
持冨:
「“何を言うか”ではなく、“何を言わないか”でブランドを差別化している点が印象的でした。業界や社会全体を俯瞰し、あえて“やらないこと”を明確にすることで信頼を獲得していくアプローチは、情報過多の現代における、あらゆるブランドPRのヒントになりそうです。」
<ヘルスケアPRへのヒント>
ヘルスケア領域において、正確性やエビデンスは大前提です。
しかし、それを単に大量のデータや専門用語で説明するのではなく、
「自分たちは、何を根拠に情報を発信するブランドなのか」
「逆に、何を言わないブランドなのか」
まで企業姿勢として示すことも、レピュテーション形成につながります。
生成AIによって情報量がさらに増える現在だからこそ、企業がどのような情報発信の姿勢を持っているのか自体が、ブランドの価値になっていくのかもしれません。
今回取り上げた事例は、補聴器、前立腺がん検診、臓器提供、美容・ウェルネスと、テーマもアプローチも異なります。
一方で、共通しているのは、「伝えたい情報」から企画を始めていないことです。
① “正しいこと”ではなく、“人が動く理由”を考える
「健康のため」「病気を防ぐため」は重要なメッセージです。
しかし、それだけで生活者が行動するとは限りません。
パートナーとの関係、好きな音楽、日常の会話など、その人がすでに大切にしているものと健康課題をつなげることで、自分ごと化する入り口が生まれます。
② 既存のPR手法を“違う使い方”で捉え直す
記者会見、プレスリリース、インタビューなど、PRの基本的な手法にもまだ新しい可能性があります。
2026年のカンヌライオンズで示された「Re-imagined PR」とは、必ずしも新しいテクノロジーを使うことではありません。
「これまでの方法を、別の目的に使えないか」
と考えることも、クリエイティビティの一つです。
③ 社会ですでに起きている“会話”から始める
企業が言いたいことから始めるのではなく、生活者がすでに何について話しているのかを観察する。
SNS、コミュニティ、日常会話、社会的なタブーなどの中には、まだ企業が参加していないテーマが数多く存在します。
その会話に企業として参加する意味を見つけることが、アーンドメディアや行動変容につながる起点になり得ます。
医療・製薬・ヘルスケア領域のコミュニケーションにおいて、正しい情報を伝えることは欠かせません。
一方で、今回のカンヌライオンズ2026の受賞事例から見えてくるのは、
「正しく伝える」だけではなく、「人が動きたくなる状況そのものをつくる」ことの重要性です。
・補聴器をパートナーとの関係から捉え直す。
・記者会見を疾患啓発の場に変える。
・音楽フェスへの熱量を臓器提供の意思表示につなげる。
・業界の表現そのものに問題提起する。
どの事例も、単にメッセージを広く届けるだけではなく、人々の認識や行動に変化を生み出しています。
PR Lionsが長年重視してきたのも、「Publicity(露出)」をゴールとせず、その先の「Perception Change(認識変容)」「Behavior Change(行動変容)」までを見据えて企画する考え方です。
制約が多く、慎重なコミュニケーションが求められるヘルスケア領域だからこそ、
「何を伝えたいか」だけではなく、
「どんな変化を生み出したいか」から逆算する。
そして、生活者がすでに持っている感情や文化、社会の会話と接続する。
カンヌライオンズ2026の事例は、これからのヘルスケアPRを考える上で、多くのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。
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